日本橋フォト散歩 三越・コレド室町・福徳神社へ

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日本橋から三越、コレド室町、福徳神社へ。夕方から夜にかけて、カメラを持って日本橋を歩きました。

橋の上にいる生き物や、百貨店の中にそびえる大きな像。写真を撮った場所について調べてみると、名前だけ知っていた街にも、知らなかった話がいくつもありました。

今回は写真と一緒に、日本橋の歴史や建物のことを少し紹介します。

目次

日本橋の麒麟と、五街道の出発点

日本橋の中央に立つ照明灯

日本橋では、橋の中央に立つ照明灯が象徴的です。灯りの下にいるのは、ドラゴンかと思っていたら麒麟でした。日本橋の麒麟には翼があり、橋や街がさらに発展していくようにという願いが込められているそうです。

日本橋の麒麟像

日本橋が最初に架けられたのは、徳川家康が江戸に幕府を開いた1603年。
翌年には東海道や中山道など、五街道の起点に定められました。
今では街の名前としてもおなじみですが、もともとは各地へ向かう道の出発点だった場所です。
川沿いには魚河岸や、米・材木などを扱う河岸が並び、さまざまな物資が集まっていました。
陸の道と川の交通が交わる日本橋は、人も物も集まる、江戸の商いの中心地だったんですね。

日本橋の照明灯の細部

最初の橋は木造で、何度も架け替えられ、現在の石造りの橋になったのは1911年のこと。
江戸時代から続く場所ですが、今歩いている橋そのものは明治生まれです。1999年には国の重要文化財に指定されています。

日本橋三越と、英国生まれのライオン

日本橋三越の外観

日本橋三越本店も、この街を代表する建物の一つです。本館は1935年に現在の姿となり、2016年には国の重要文化財に指定されました。
買い物に訪れる百貨店ですが、建物そのものにも長い歴史があります。日本橋三越本店の歴史再発見

日本橋三越本店のライトアップ

正面玄関で迎えてくれる2頭のライオン像は、1914年に誕生したもの。
当時の支配人・日比翁助が百貨店開設の準備で欧米を視察した際に、英国で注文しました。

モデルになったのは、ロンドンのトラファルガー広場にある獅子像。日本橋の顔としておなじみのライオンが、英国からやって来たものだと知ると、少し意外です。日本橋三越本店・ライオン像

日本橋三越本店の正面玄関

『VIVANT』のロケ地にもなった天女像

日本橋三越本店の中央ホールと天女像

日本橋三越本店の中央ホールにあるのが「天女(まごころ)像」。
百貨店の中に、こんな大きな像があることにも驚きますが、制作に約10年かかったと知ると、その細かさにも納得します。

手がけたのは彫刻家の佐藤玄々。京都の妙心寺にあったアトリエで、多くの弟子とともに制作し、1960年に完成しました。
雲に包まれた天女が花の中心に降り立つ姿で、三越がお客さまに向ける「まごころ」を表しているそうです。日本橋三越本店・天女像

天女像の細部

ここはドラマ『VIVANT』のロケ地にもなった場所。天女像のある中央ホールは、作品のキービジュアルにも使われています。
ドラマを見ていた人には、歴史ある百貨店というだけでなく、作品の舞台としても気になる場所だと思います。

上階から見た天女像と中央ホール

コレド室町の名前に残る「江戸」

コレド室町の仲通り

三越の近くには、コレド室町の建物が並んでいます。お店や飲食店を見ながら歩ける一帯ですが、「コレド」という名前にも、この街とのつながりがあります。

COREDOは、中心を意味する「CORE」と「EDO」を組み合わせた名前。「江戸・東京の中心地であり続ける」という意味が込められています。日本橋がかつて商いの中心だったことを知ると、名前の印象も少し変わります。

コレド室町の整備では、建物だけでなく、間を通る道にも手が加えられました。
仲通りでは電線類を地中に収め、路面を石畳に整備。中央通り沿いでは、建物の低層部分の高さを約31メートルにそろえるなど、街並みとしてのまとまりも考えられています。

買い物の目的がなくても歩いてみたくなる場所には、建物と建物の間まで含めた工夫がある。そんなことを知ってから歩くと、お店の看板だけでなく、通りのつくりにも目が向きそうです。

ビルの間にある福徳神社

福徳神社の鳥居

コレド室町のそばにある福徳神社。朱色の鳥居の向こうに高層ビルがそびえる、日本橋らしい場所です。

神社の始まりははっきりしていませんが、社伝では平安時代の貞観年間(859〜877年)には、すでにこの地にあったとされています。当時の周辺は農家や漁家が点在する土地で、「福徳」という名前も、かつての村の名前に由来するそうです。今のビル街からは、なかなか想像できない風景です。

別名は「芽吹稲荷」。徳川秀忠がお参りした際、クヌギの皮が付いた鳥居から若芽が出ているのを見て、この名前を付けたと伝わっています。鳥居から芽が出るというのも、木をそのまま生かしていた昔の鳥居ならではの話ですね。

室町のビルと木々

長い歴史を持つ神社ですが、現在の社殿が完成したのは2014年。それまでにはビルの屋上などへ移りながら、地域の人たちによって守られてきました。昔から同じ姿で残っていたわけではなく、街の変化に合わせて居場所を変えながら続いてきた神社です。

三井本館の柱を見上げる

三井本館の列柱

日本橋三越の隣にある三井本館は、1929年に完成した建物です。関東大震災後の復興期に、三井の主要な会社が入る拠点として建てられました。設計と施工にはアメリカの技術が取り入れられ、当時の一般的なビルの約10倍もの建築費単価をかけたといいます。

外観で目を引くのが、道路に面して並ぶ大きな柱。これは「コリント式」と呼ばれる様式で、柱には縦方向の溝が刻まれ、わずかなふくらみも付けられています。まっすぐな柱に見えても、形を整えるための細かな工夫があるんですね。

1998年には国の重要文化財に指定されました。その後の再開発では三井本館を保存し、隣接地に日本橋三井タワーが誕生しています。古い建物を残しながら新しいビルを建てるという、今の日本橋につながる街づくりの一例です。

撮影機材

今回の撮影機材は富士フイルムのコンパクトなX-E4です。
今はX-E5がでているので一世代前のモデルになりますが、全然使えます。

レンズはVILTROXの28mm F4.5です。
35mm換算で42mmの画角なので標準レンズとして使えます。
F4.5なのでISOは上がってしまいますが、ノイズも気にせず気軽に撮影しました。

今回はInsta360のLuna Ultraでも撮影しました。
天女像のフロア全体を撮影するのにはVILTROX 28mmでは画角が狭すぎたので、Luna Ultraの広角が活きました。

夜の日本橋へ

夜の日本橋三越本店

福徳神社は移りながら続き、三井本館は建物を残して周囲が変わり、コレド室町は新しい街並みに江戸の名前を受け継いでいる。近くにある場所でも、歴史のつながり方がそれぞれ違うのが面白いところです。

夜の日本橋

写真を撮ってから調べてみるのも、街歩きの楽しみの一つ。ドラゴンだと思っていた像が麒麟だったように、知らずに通り過ぎていたものにも、名前や由来があります。

次に日本橋を歩くときは、今回とはまた違うところが気になりそうです。

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